創建年代は明らかでないが、鎌倉時代(おおむね13世紀前半)に信濃の領主で北条得宗家の被官であった諏訪盛重が、自邸の守護神として諏訪大社の祭神・建御名方神を勧請し、屋敷内の諏訪池のほとりに祀ったのが起こりと伝わる。長らく現在の御成小学校付近に鎮座していたが、昭和25年(1950年)頃からこの一帯の氏神として広く祀られるようになった。昭和43〜44年(1968〜69年)の鎌倉市役所新庁舎建設に伴って現在地へ遷座し、その際に屋敷跡の諏訪池は埋め立てられた。社務所を持たない小社のため御朱印の取り扱いはないが、鎌倉中心部に残る数少ない中世由来の鎮守として、地域の信仰を静かに集めている。