社伝では応永17年(1410年)、三浦氏の一族・三浦遠江守が常陸国一宮の鹿島神宮から武甕槌神の分霊を勧請して創建したと伝わる。以来、逸見郷の鎮守として崇敬を集めた。明治6年(1873年)の近代社格制度で村社に列せられ、明治41年(1908年)には政府の神社合祀政策に応じて、逸見町内に点在していた稲荷社・熊野社・神明社・浅間社・子神社・山中社の六社を合祀した。明治43年(1910年)には指定村社となっている。例祭は6月5日を定例とし、現在も6月第一週の土・日に祭礼が営まれる。武運の神である武甕槌神を祀ることから、古来武家の信仰も篤かったと伝えられる。