寺伝によれば、鎌倉時代の武将・畠山重忠が建立したと伝わる古刹で、もとは天台宗であった。室町時代、第11世住職の代に本願寺中興の祖・蓮如上人に帰依し、浄土真宗本願寺派へと改宗した。江戸時代初期に三浦半島の逸見を領した三浦按針(ウィリアム・アダムス)との縁で知られ、寺伝では元和元年(1615年)に「村を挙げて、民悉く檀徒となれり」と記されるほど地域の信仰を集めた。元禄元年(1688年)の火災で本堂を焼失したが、正徳2年(1712年)に再興された。徳川家康の外交顧問を務めた按針の菩提寺として、現在も三浦按針を偲ぶ参拝者が訪れる。