神戸市兵庫区和田宮通3-2-45に鎮座する旧県社。正式名は**和田神社**、地域では古くから「**和田宮さん**」と親しまれる。祭神は**天御中主大神**(万物の根源神)・**市杵嶋姫大神**(弁財天・航海の女神)・**蛭子大神**(えびすさま)の三柱。
当社の起源は、日本神話において蛭子大神(のちに恵比寿神として信仰される)が淡路島から流されて本州に初めて上陸した地が「和田岬」であるとの伝承に基づく。この地は古来「**蛭子の森**」と呼ばれ、西摂地方における蛭子大神祭祀の最古の聖地とされてきた。神功皇后が三韓征伐の帰途、三石を立てて神占いをしたという伝承も残る。
承安3年(1173年)、平清盛が兵庫津(大輪田泊)の港湾整備に際して、自らが篤く信仰した安芸の**厳島神社(嚴島神社)から市杵嶋姫大神を勧請**し、工事の安全と港の繁栄を祈った。以後、当社は兵庫港を行き交う商人・船乗りの信仰…
和田神社の創建は神話時代に遡るとされる。日本書紀・古事記によれば、伊邪那岐命・伊邪那美命の最初の子として生まれた蛭子(後の恵比寿神)は葦船に乗せて流された後、最初に和田岬の地に漂着したとの伝承があり、この地は古来「蛭子の森」と呼ばれ、西摂地方における蛭子大神信仰の発祥地とされてきた。また、神功皇后が三韓征伐の帰途にこの地に立ち寄り、三石を立てて神占いを行ったとの伝承も残る。
歴史的記録として確実な最初の出来事は承安3年(1173年)、**平清盛による市杵嶋姫大神の勧請**である。清盛は日宋貿易の推進のため兵庫津(大輪田泊)の大規模な港湾整備を行い、その守護として自らが篤く崇敬した安芸国の厳島…