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大和郡山城
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大和郡山城
奈良県
創建
1580
種別
アクセス
近鉄郡山駅から徒歩7分
奈良県大和郡山市城内町
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基本情報
創建 1580
446年目
概要
天正8年(1580年)に筒井順慶が築城し、天正13年(1585年)に豊臣秀長が入城して大規模に改修した平山城。秀吉の異父弟・秀長は大和・紀伊・和泉100万石を治め、秀吉政権の屋台骨を支えた。秀長の温厚な人柄は諸大名の調停役として重宝され「大和大納言」と称された。江戸時代には柳沢吉保の子・吉里が入封し、金魚養殖が奨励されたことから「金魚の町」として全国に知られるようになった。現在は石垣と堀が残り、追手門・追手向櫓が復元されている。桜の名所としても名高い。
由緒
天正8年(1580年)筒井順慶が築城。天正13年(1585年)豊臣秀長が入城し、100万石の居城として大改修。天正19年(1591年)秀長死去後、養子・秀保が継ぐも文禄4年(1595年)に没し豊臣家直轄となる。関ヶ原後は水野勝成・松平忠明らが入り、享保9年(1724年)柳沢吉里が甲斐から転封、以後明治まで柳沢氏が治めた。
豊臣秀長とのつながり
天正13年(1585年)に大和・紀伊・和泉100万石を与えられ入城。秀吉の右腕として内政・外交に手腕を発揮し、諸大名の信望を集めた。城下町の整備や寺社の保護にも尽力した。天正19年(1591年)にこの城で病没、享年52。

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