大阪市中央区と北区を結ぶ土佐堀川に架かる橋で、江戸時代前期の豪商・淀屋(淀屋常安・淀屋辰五郎)が私財を投じて架橋したことに由来する大阪の経済史を象徴する橋。淀屋は江戸初期に中之島を開発し、米の先物取引(米市場)を大坂に開設、全国米価の基準となる「淀屋米市」を運営して「天下の台所」大阪経済の礎を築いた豪商で、4代目辰五郎は莫大な財産を築いたが宝永2年(1705年)「町人の分限を越えた」として幕府に闕所(財産没収)処分を受けた。橋名は淀屋の私設橋時代に由来し、豪商の隆盛と没落を今に伝える。現在の橋は昭和10年(1935年)、大阪市長・関一の御堂筋拡幅整備事業で架橋された鉄筋コンクリートアーチ橋で、重厚な意匠を持ち国登録有形文化財に指定されている。御堂筋と御堂筋線の地下鉄「淀屋橋駅」の由来となった大阪の近代都市計画を象徴する歴史的な橋。