義経が特別に愛される理由は、「才能がありながら報われなかった」点にあります。
義経はその時代で最も優れた軍事的才能を持っていました。でも政治的な根回しが苦手で、兄・頼朝の意向を無視した行動をとってしまいました。結果、天才は悲劇的な最期を遂げました。
「こんなに頑張ったのに、なぜこんな結末に……」。そのやるせなさが、見る人・読む人の心を打ちます。
「判官贔屓」の「判官」は義経の官職名「九郎判官(くろうほうがん)」から来ています。
義経がその才能にもかかわらず不当に追われた話が広まり、「判官(義経)に肩入れしたくなる」という気持ちが「判官贔屓」という言葉になったのです。
現代では「弱者・不運な者に肩入れしたくなる心理」全般を指す言葉として使われています。