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建築
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ARCHITECTURE
宝珠院と金沢の真言宗——阿弥陀三尊像に宿る鎌倉初期の祈り
横浜市金沢区に佇む宝珠院は、真言宗御室派に属し、金沢七福神の寿老人を祀る古刹です。境内に安置される鎌倉初期制作の阿弥陀三尊像は横浜市有形文化財に指定され、称名寺と並ぶ金沢の仏教文化を今に伝えています。
目次
MOKUJI
祈りの形——阿弥陀三尊とは何か
宝珠院の歴史と真言宗御室派
鎌倉初期の彫刻様式——三尊像に宿る時代の息吹
金沢の仏教文化圏——称名寺との関わり
まとめ——宝珠院への参拝のすすめ
よくある質問
祈りの形——阿弥陀三尊とは何か
阿弥陀三尊(あみださんぞん)とは、阿弥陀如来を中心に、左脇侍に観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)、右脇侍に勢至菩薩(せいしぼさつ)を配した三尊形式のことをいいます。阿弥陀如来は「無量寿(むりょうじゅ)」「無量光(むりょうこう)」とも訳され、すべての衆生を極楽浄土へ迎え入れるという誓願を立てた仏さまです。観世音菩薩は慈悲の具現、勢至菩薩は智慧の象徴とされており、三者が一体となって浄土往生を助けるという祈りが込められています。
横浜市金沢区に位置する宝珠院(ほうじゅいん)には、鎌倉時代初期に制作されたとされる阿弥陀三尊像が安置されています。この像は横浜市有形文化財に指定されており、金沢の地に根ざした仏教信仰の深さを今日に伝える貴重な遺産です。
宝珠院の歴史と真言宗御室派
金沢の地に刻まれた信仰の系譜
宝珠院は、真言宗御室派(おむろは)に属する寺院です。御室派の本山は京都・仁和寺(にんなじ)であり、宇多天皇が出家して初代門跡となった由緒ある門跡寺院を頂く宗派です。宝珠院はその末寺として、金沢の地に長く祈りの場を提供してきました。
金沢区は、かつて「武蔵国久良岐郡六浦荘(むさしのくにくらきぐんむつうらのしょう)」と呼ばれた地であり、北条氏の一族である金沢北条氏(かねさわほうじょうし)がこの地を治めました。称名寺(しょうみょうじ)をはじめとする寺院群が栄えたこの地域において、宝珠院もまた地域の信仰を支える一端を担ってきたのです。
金沢七福神めぐりと寿老人の意義
宝珠院は「金沢七福神めぐり」の霊場のひとつとして、寿老人(じゅろうじん)を祀っています。寿老人は長寿・福徳・子孫繁栄を司る神であり、白鹿を連れた老翁の姿で表されることが多く、「長き命を全うしたい」という人々の切なる願いが象徴されています。
金沢七福神めぐりは、金沢区内に点在する七つの寺院を巡ることで、七種の福徳を授かるとされる巡礼コースです。静寂に身を置くと、かつての巡礼者たちが一歩一歩踏みしめた足跡を感じることができます。
真言宗の宗派比較
真言宗は弘法大師(こうぼうだいし)空海が開いた密教宗派ですが、歴史の流れのなかでいくつかの系統に分かれています。以下に主要な三派の特徴を整理します。
宗派
本山
開山・中興の祖
主な特徴
真言宗御室派
仁和寺(京都)
宇多天皇(888年)・覚法法親王
皇室ゆかりの門跡寺院を本山とする。格式が高く、仁和寺の「御室桜」でも知られる
真言宗豊山派
長谷寺(奈良)
専誉(せんよ)僧正(1587年中興)
関東に多くの末寺を持つ。長谷寺観音信仰と結びつく
真言宗智山派
智積院(京都)
玄宥(げんゆう)僧正(1601年中興)
成田山新勝寺・川崎大師を傘下に持ち、民衆信仰と密接に結びつく
宝珠院が属する御室派は、皇室との縁が深い格式ある系統です。仁和寺の「御室」とは、宇多天皇が退位後に住んだ御所(おむろ)に由来する名称であり、先達の精神が息づいています。
鎌倉初期の彫刻様式——三尊像に宿る時代の息吹
定朝様(じょうちょうよう)から和様彫刻へ
宝珠院の阿弥陀三尊像が制作されたとされる鎌倉時代初期は、日本の仏像彫刻において大きな転換点を迎えた時代です。平安時代に確立された「定朝様(じょうちょうよう)」と呼ばれる優美で内省的な彫刻様式から、より力強く写実的な「鎌倉新様式」へと移行しつつある過渡期にあたります。
定朝様は、藤原文化を代表する柔和で均整のとれた美しさを特徴とし、阿弥陀如来像においては穏やかな来迎印(らいごういん)を結ぶ姿が典型的です。宝珠院の三尊像にも、この時代の様式的特徴が反映されていると考えられます。
横浜市有形文化財としての価値
横浜市有形文化財に指定されているということは、その像が単なる信仰の対象にとどまらず、歴史的・芸術的に重要な価値を持つと行政が認定したことを意味します。文化財指定を受けた仏像は、保存・修復・公開において厳格な管理のもとに置かれ、後世への継承が約束されています。
鎌倉初期に制作された仏像が現代まで金沢の地で守り伝えられてきたこと——その事実のなかに、地域の人々が何百年にもわたって像に向かって手を合わせ続けてきたという祈りが込められています。
金沢の仏教文化圏——称名寺との関わり
金沢北条氏が育んだ文化の土壌
称名寺は、金沢北条氏の菩提寺として1267年頃に創建された真言律宗の寺院です。境内の浄土式庭園と金沢文庫(かねさわぶんこ)は、当時の武家文化と仏教文化が高度に融合した証として広く知られています。
宝珠院と称名寺はともに金沢の地に根を張る寺院であり、金沢北条氏が厚く仏教を保護した時代の遺産を今日に受け継いでいます。この地域を歩くとき、中世の人々が何を祈り、何を願い、どのような精神世界を築いたかを、静寂に身を置くことで感じ取ることができます。
横浜の仏教史における位置づけ
弘明寺は横浜最古の寺として知られ、奈良時代創建と伝えられます。金沢区の宝珠院とは宗派を異にするものの(弘明寺は高野山真言宗)、ともに真言系の法灯を守り続けている点で共通しています。
横浜という都市は近代以降の開港都市として知られますが、その根底には奈良・平安・鎌倉の各時代から連綿と続く仏教信仰の厚い土壌があります。鶴岡八幡宮を中心とする鎌倉の宗教文化圏と地理的に隣接する金沢の地は、まさにその交差点にあたります。
まとめ——宝珠院への参拝のすすめ
宝珠院の阿弥陀三尊像に向き合うとき、八百年余りの時を隔てて、鎌倉初期の仏師が刻んだ祈りと向かい合うことになります。「すべての人を極楽浄土へ」という願いを形にしたその像は、横浜市有形文化財として今も金沢の地に静かに在り続けています。
参拝時のポイント
金沢七福神めぐりのひとつとして、宝珠院での寿老人への参拝を起点に周辺の寺院を巡ることができます
宝珠院から徒歩圏内にある称名寺の浄土式庭園も合わせて訪れると、金沢の仏教文化を立体的に体感できます
真言宗御室派の祈りの作法を丁寧に学んでから参拝すると、より深い体験となります
ゆかりのスポット一覧
宝珠院 — 真言宗御室派、金沢七福神・寿老人、阿弥陀三尊像(横浜市有形文化財)
称名寺 — 金沢北条氏菩提寺、金沢文庫に隣接
弘明寺 — 横浜最古の寺、高野山真言宗
鶴岡八幡宮 — 鎌倉武家文化の中心地
願成就院(伊豆の国市) — 北条時政創建、運慶作の仏像群で知られる
よくある質問
宝珠院はどこにありますか?
横浜市金沢区に位置しています。金沢八景駅から徒歩圏内にあり、称名寺や金沢文庫とあわせて巡礼することができます。
金沢七福神めぐりとは何ですか?
金沢区内の七つの寺院に七福神を祀り、それぞれを参拝することで七種の福徳を授かるとされる巡礼コースです。宝珠院では寿老人(長寿・福徳の神)を祀っています。年間を通じて参拝することができますが、正月の時期は特ににぎわいます。
真言宗御室派と他の真言宗の違いは何ですか?
御室派の本山は京都の仁和寺で、宇多天皇が退位後に開いた皇室ゆかりの門跡寺院です。豊山派(本山:長谷寺)や智山派(本山:智積院)と同じく空海の密教を受け継ぎながらも、皇室との深い縁と格式の高さが御室派の特徴です。宗派比較表も本文中でご確認いただけます。
阿弥陀三尊像はいつでも拝観できますか?
拝観については寺院に直接お問い合わせください。横浜市有形文化財に指定された像は保存管理のため、常時公開されていない場合もあります。
最終更新: 2026年5月22日
武源寺——横浜市金沢区に佇む歴史的寺院。金沢の地には古来より仏教の法灯が受け継がれてきました。
Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 / photo by Author
称名寺——金沢北条氏の菩提寺として1267年頃に創建。宝珠院と並ぶ金沢仏教文化の象徴です。
Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 / photo by Author
弘明寺——奈良時代創建と伝わる横浜最古の寺。高野山真言宗として真言の法灯を守り続けています。
Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 / photo by Author
鶴岡八幡宮楼門——鎌倉武家文化の中心地として、金沢の寺院群と文化的・地理的に深く結びついています。
Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 / photo by Author
円覚寺舎利殿——鎌倉時代の建築様式を今日に伝える。同時代に制作された宝珠院の阿弥陀三尊像と精神的に共鳴する遺産です。
Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 / photo by Author
── 了 ──
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