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BASICS
鎌倉・八雲神社:厄除けの古社と大町まつりの神輿くぐり
永保年間(1081年頃)に新羅三郎源義光が疫病退散を願い祇園社の神を勧請した鎌倉最古級の厄除け社。7月「大町まつり」の神輿くぐりは無病息災を祈る伝統行事。安国論寺・妙法寺・常栄寺など大町の寺社巡りの起点として最適。
目次
MOKUJI
八雲神社とはどんな神社か――鎌倉最古級の疫病退散の社
大町まつりと神輿くぐり――鎌倉の夏を彩る伝統行事
鎌倉武家政権と八雲神社の深い関わり
大町の寺社を歩く:八雲神社を起点とするルート
まとめ
よくある質問
鎌倉大町・八雲神社の拝殿(2015年4月撮影)。須佐之男命・稲田姫命・八王子命を祀る鎌倉最古級の厄除け社
Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 / photo by Twkz0731
鎌倉市大町の路地に静かに佇む八雲神社は、940年以上の歴史を持つ厄除けの古社だ。毎年7月に行われる「大町まつり」の神輿くぐりは鎌倉を代表する夏の風物詩であり、境内には創建者・源義光(新羅三郎)が腰を掛けたと伝わる「義光腰掛石」が今も残る。安国論寺や妙法寺など松葉ヶ谷の日蓮ゆかりの古刹とあわせて参拝すれば、鎌倉大町の信仰の歴史を一日でたどることができる。
八雲神社とはどんな神社か――鎌倉最古級の疫病退散の社
御祭神「須佐之男命」と祇園信仰
月岡芳年画「須佐之男命の八岐大蛇退治」(1887年)。八雲神社の主祭神・須佐之男命が八岐大蛇を退治する神話的場面。疫病退散の神として全国の八雲神社・祇園社に祀られる
Wikimedia Commons / Public Domain / Tsukioka Yoshitoshi (1887)
八雲神社の御祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)・稲田姫命・八王子命の三柱である。須佐之男命は日本神話において天照大御神の弟神にあたり、嵐や海を司る荒ぶる神でありながら、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した勇猛な英雄でもある。この神には疫病を払う力があるとされ、全国の「八雲神社」「祇園社」「天王社」と呼ばれる社の多くで祀られてきた。
鎌倉の八雲神社の御祭神も、京都の**祇園社(現・八坂神社)**から勧請されたものだ。八坂神社は全国に約2,300社ある祇園信仰系神社の総本社であり、毎年7月に行われる祇園祭で知られる。鎌倉の八雲神社はその分社として、武家の都・鎌倉の地に疫病退散の守護神をもたらした。
創建の伝承:新羅三郎源義光と疫病退散の祈り
源義光(新羅三郎)の肖像(江戸時代刊「本朝百将傳」より)。永保年間に八雲神社の前身を創建した源氏の武将
Wikimedia Commons / Public Domain
創建は永保年間(1081〜1084年頃)と伝わる。 創建者は源義光(みなもとのよしみつ)、通称「新羅三郎」。八幡太郎・源義家の弟であり、甲斐源氏・常陸源氏の祖として知られる武将だ。雅楽にも通じた文武両道の人物として後世に語り継がれている。
義光は後三年の役(1083〜1087年)で奥州へ向かう兄・義家を助けるため、陸奥へ下る途上に鎌倉へ立ち寄った。そこで疫病が蔓延し、人々が苦しんでいる光景を目の当たりにした義光は、京都の祇園社から須佐之男命を勧請し、当地に祀って疫病退散と地域の安寧を祈願した。これが八雲神社の始まりとされる。境内には今もその伝承を伝える**「義光腰掛石」**が残されており、武将が鎌倉の地に神を呼び寄せた故事を静かに物語っている。
大町まつりと神輿くぐり――鎌倉の夏を彩る伝統行事
神輿くぐりで厄を払う古来からの習わし
鎌倉・御霊神社の神輿(面掛行列)。八雲神社でも夏の例大祭に神輿が繰り出し、参拝者が神輿の下をくぐる「大町まつり」の伝統が古来から続く
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0 / photo by Mkill
八雲神社の例大祭は7月の第二土曜日を含む3日間、地元では「大町まつり」と呼ばれる。このまつりの最大の見どころが**「神輿くぐり」**だ。
神輿くぐりとは、担ぎ手たちが神輿(御神体が乗る輿)を低く構え、参拝者がその下を通り抜ける行事である。神輿の下を通ることで神様の霊力を直接受け、一年間の無病息災・厄除けが叶うと信じられてきた。老若男女を問わず参加できるこの行事は家族連れにも人気が高く、毎年多くの地域住民と観光客が訪れる。
祭事情報
内容
開催時期
毎年7月・第2土曜日を含む3日間
名称
大町まつり(例大祭)
目玉行事
神輿くぐり(厄除け)
参加
無料・予約不要
アクセス
JR鎌倉駅東口から徒歩約8分
神輿渡御と地域コミュニティの絆
大町まつりは単なる宗教行事を超え、地域コミュニティの絆を深める場でもある。氏子(うじこ)たちが神輿の担ぎ手として参加し、大町の各地を巡行する。かつて鎌倉幕府時代に商業地として発展したこのエリアで、古来からの信仰の形が今も受け継がれている。7月の鎌倉を訪れるなら、大町まつりに合わせて八雲神社へ足を運ぶのが最もおすすめだ。
鎌倉武家政権と八雲神社の深い関わり
源頼朝・歴代将軍の崇敬を集めた古社
京都・八坂神社(旧・祇園社)の西楼門。八雲神社の御祭神・須佐之男命はここから勧請されたと伝わる
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0 / photo by Bernard Gagnon
鎌倉幕府を開いた源頼朝をはじめ、歴代将軍がこの八雲神社を篤く崇敬したと伝わる。大町は鎌倉の中心部に近く、将軍が日常的に通る重要な地域であった。幕府の保護を受けた八雲神社は、武家社会における疫病退散・武運長久の守護社として重要な位置を占めた。
八坂神社からの勧請という背景は、当時の武家政権にとっても大きな意味を持った。京都の皇室・公家文化との精神的なつながりを、鎌倉の地に根付かせる役割を八雲神社は担っていたとも考えられる。
義光腰掛石が語る創建940年の歴史
現在の本殿は江戸時代の建築と伝わり、関東大震災(1923年)でも損壊を免れた。境内の**「義光腰掛石」**は、永保年間に義光がこの地で神を祀った際に腰を掛けたとされる石で、千年近い歳月を経た今も参拝者を出迎えている。
近隣の別願寺(時宗・足利持氏の供養塔が残る)や上行寺(鎌倉大町)(「がん封じの寺」として知られる日蓮宗寺院)とともに、大町エリアは歴代政権の信仰が重層的に刻み込まれた地である。
大町の寺社を歩く:八雲神社を起点とするルート
徒歩圏内に広がる日蓮ゆかりの古刹群
月岡芳年画「源義光が豊原時秋に笙を伝授する図」(1879年、LACMA所蔵)。八雲神社を創建した源義光(新羅三郎)は武人であると同時に雅楽の名手でもあった
Wikimedia Commons / Public Domain / Tsukioka Yoshitoshi (LACMA)
八雲神社の周囲半径500m圏内には、鎌倉を代表する古刹・古社が集中している。鎌倉駅東口から徒歩約8分で八雲神社へ到達したのち、そのまま大町〜松葉ヶ谷のルートで歩くと、日蓮聖人ゆかりの地を巡る参拝コースが自然に成立する。
安国論寺(徒歩約12分)— 日蓮が『立正安国論』を著した松葉ヶ谷草庵の跡地。御霊窟・富士見台・アジサイの名所
妙法寺(鎌倉大町・苔寺)(徒歩約15分)— 苔むす石段で知られる「苔寺」。護良親王の墓所も
常栄寺(ぼたもち寺)(徒歩約3分)— 日蓮に桟敷尼がぼたもちを捧げた故事で有名
別願寺(徒歩約5分)— 足利持氏供養塔(県重文)が残る時宗の寺
上行寺(鎌倉大町)(徒歩約7分)— 瘡守稲荷で知られる「がん封じの寺」
半日で巡る大町〜松葉ヶ谷コース
鎌倉駅東口を起点に、八雲神社 → 常栄寺 → 安国論寺 → 妙法寺 と回ると約3〜4時間で大町の信仰史の核心を歩ける。疫病退散の祇園信仰(八雲神社)と、日蓮宗発祥の地(安国論寺・妙法寺)という二つの宗教的流れが大町で交差しており、鎌倉時代の信仰の多様性を肌で感じられるルートだ。時間がある場合は材木座の長勝寺(鎌倉材木座)まで足を延ばすと、日蓮宗開創の地を網羅する本格的な巡礼コースが完成する。
まとめ
参拝時のポイント
項目
内容
アクセス
JR鎌倉駅東口から徒歩約8分
拝観料
無料(境内常時開放)
例大祭
7月第2土曜日を含む3日間(大町まつり)
神輿くぐり
例大祭期間中・無料・当日参加可
主な見どころ
義光腰掛石・本殿(江戸期建築)
周辺散策
安国論寺・妙法寺・常栄寺など徒歩圏内
混雑
大町まつり期間中は混み合う。平日参拝がおすすめ
ゆかりのスポット一覧
八雲神社(鎌倉大町) — 本社。厄除け・疫病退散の古社(創建1081年頃)
安国論寺 — 松葉ヶ谷草庵跡。日蓮が『立正安国論』を著した聖地
妙法寺(鎌倉大町・苔寺) — 苔むす石段「苔寺」。日蓮草庵跡・護良親王の墓
常栄寺(ぼたもち寺) — 龍ノ口法難と桟敷尼の故事が残る日蓮宗の小寺
別願寺 — 足利持氏供養塔が残る時宗の静寂な古寺
上行寺(鎌倉大町) — がん封じの瘡守稲荷で知られる日蓮宗寺院
長勝寺(鎌倉材木座) — 石井長勝が日蓮に寄進した法華堂(県重文)
おすすめの巡礼コース
大町〜松葉ヶ谷を歩く半日コース(鎌倉駅東口 → 八雲神社 → 常栄寺 → 安国論寺 → 妙法寺)は、疫病退散を願った祇園信仰と日蓮宗発祥の地が交差する、信仰史の旅だ。鎌倉のにぎやかな観光ルートから少し外れた大町エリアで、静かに歴史を体感できる。
よくある質問
八雲神社(鎌倉大町)の御利益は何ですか?
御祭神・須佐之男命の神徳により、厄除け・疫病退散・無病息災が主な御利益とされる。大町まつりの「神輿くぐり」は一年間の厄を祓う伝統的な行事として、古くから地域住民に親しまれてきた。縁結びや商売繁盛を祈願する参拝者も多い。
大町まつり(神輿くぐり)はいつ行われますか?
例大祭は毎年7月第2土曜日を含む3日間に行われる。神輿渡御は大町の町内を練り歩き、神輿くぐりは境内で体験できる。事前予約不要で、どなたでも参加できる。
八雲神社周辺に他に参拝できる場所はありますか?
徒歩圏内に安国論寺(日蓮が『立正安国論』を著した地)、妙法寺(苔寺)常栄寺(ぼたもち寺)など歴史的な寺社が集まっている。大町エリアだけで3〜4時間の充実した参拝コースが組める。
最終更新: 2026年6月15日
── 了 ──
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ゆかりの地を訪ねる
記事で読んだ歴史は、現地に立つとさらに深く実感できます。下のスポットや巡礼コースから、次の参拝先を選んでみませんか。
1. 八雲神社(鎌倉大町)
永保年間(1081-1084年)に新羅三郎源義光が京都祇園社を勧請した鎌倉最古級の厄除け社、7月「大町まつり」の神輿渡御で知られる
2. 安国論寺
文応元年(1260年)日蓮が『立正安国論』を著した松葉ヶ谷草庵の跡地に建つ日蓮宗の古刹、御霊窟・富士見台・紫陽花の名所
3. 妙法寺(鎌倉大町・苔寺)
建長5年(1253年)日蓮の松葉ヶ谷草庵跡に延文2年(1357年)日叡が父・護良親王の菩提を弔うため正式創建、苔むす石段から「苔寺」の通称で知られる日蓮宗寺院
4. 常栄寺(鎌倉大町)
文永8年(1271年)の龍ノ口法難に向かう日蓮に桟敷尼が胡麻ぼたもちを捧げた故事に由来する「ぼたもち寺」、慶長11年(1606年)開創の日蓮宗寺院
5. 別願寺
弘安5年(1282年)に公忍が一遍上人に師事し真言宗能成寺を時宗に改めた寺、室町時代初期は鎌倉公方の菩提寺として隆盛
6. 上行寺(鎌倉大町)
正和2年(1313年)日範上人開創、瘡守稲荷で「がん封じの寺」として知られる日蓮宗寺院、山門には左甚五郎作と伝わる竜の彫物
7. 長勝寺(鎌倉材木座)
建長5年(1253年)に石井長勝が自邸に法華堂を建て日蓮聖人に寄進した日蓮宗の古刹、高村光雲作の日蓮聖人像と県重文の法華堂を擁する材木座の名刹
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