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安国論寺
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安国論寺
神奈川県
文応元年(1260年)日蓮が『立正安国論』を著した松葉ヶ谷草庵の跡地に建つ日蓮宗の古刹、御霊窟・富士見台・紫陽花の名所
創建
1274
種別
寺院
アクセス
JR鎌倉駅東口から徒歩約20分、または「名越」バス停(京急バス)から徒歩約3分
神奈川県鎌倉市大町4-2-37
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基本情報
寺院
創建 1274
752年目
御祭神・御本尊
宗派
日蓮宗
概要
鎌倉市大町の松葉ヶ谷に位置する日蓮宗の古刹。山号は妙法興国山(みょうほうこうこくざん)、本尊は釈迦如来。建長5年(1253年)、安房国から鎌倉に入った日蓮聖人がこの地に草庵を結んで法華経の弘通を始め、文応元年(1260年)にはかの名高い諫暁書『立正安国論』をここで著して北条時頼に上呈した。その直後の同年8月と翌弘長元年(1261年)には、浄土教信者らの怒りを買った日蓮の草庵が焼き討ちに遭う「松葉ヶ谷法難」が起こった。本堂左手の岩壁に穿たれた洞窟「御霊窟(ごれいくつ)」は日蓮が難を逃れて身を潜めた場所と伝わり、今も参拝者が祈りを捧げる聖地として保たれている。境内奥の急な石段を上ると「富士見台」の展望台に達し、晴れた日には相模湾越しに富士山の白峰を望む鎌倉随一の眺望を誇る。6月は境内一帯に色とりどりのアジサイが咲き誇り、「あじさい寺」としても広く知られる。鎌倉駅東口から徒歩約20分、または「名…
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由緒
安国論寺の歴史は、建長5年(1253年)に安房国(千葉県)から鎌倉に上った日蓮聖人が、この松葉ヶ谷の地に草庵を結んで法華経の弘通を始めたことに発する。以来7年、日蓮はこの庵を拠点として鎌倉の民衆や武士に法華経を説き続けた。文応元年(1260年)、日蓮は当地の草庵でこの7年間の苦闘の集大成ともいうべき諫暁書『立正安国論』を著し、同年7月(旧暦)に北条時頼に上呈した。「国中に正法を立てなければ、やがて自界叛逆難・他国侵逼難(内乱と外国侵略)が起こる」と説く同書は、時頼ら幕府執権に衝撃を与え、かつ法然浄土教への激しい批判から浄土教信者の怒りを招いた。同年8月、怒れる民衆が深夜に草庵を囲んで焼き討ちし…
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ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「釈迦如来」のご神徳に由来
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