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薬王寺(金沢文庫)源範頼の悲劇と三河忌を今に伝える鎌倉の古刹
横浜市金沢区に建つ薬王寺は、源頼朝の弟・源範頼の別邸跡に創建された真言宗御室派の古刹。鎌倉草創期の悲劇を刻む範頼の位牌が伝わり、命日の8月24日には毎年「三河忌」が営まれる。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ゆかりの地で、金沢文庫・称名寺と合わせて巡りたい一寺。御朱印や見どころも紹介。
目次
MOKUJI
薬王寺とはどのような寺か
源範頼とはどのような人物か
境内に伝わる文化財と歴史
まとめ — 薬王寺を参拝するために
よくある質問
薬王寺は、源頼朝の弟・源範頼の別邸跡に建つ寺で、鎌倉時代の開幕期に起きた骨肉の悲劇を今に伝える横浜市金沢区の古刹だ。境内には範頼の位牌が伝存し、命日の8月24日には「三河忌」が厳修される。金沢文庫エリアに点在する歴史スポットのなかでも、源氏の盛衰を最も生々しく感じられる場所のひとつである。
薬王寺(金沢文庫)の本堂正面。一対の石灯籠と鈴緒が迎える真言宗御室派の古刹
薬王寺とはどのような寺か
基本情報と山号・宗派
薬王寺の正式名称は「三療山医王院 薬王寺(さんりょうざん いおういん やくおうじ)」。山号「三療山」には身・心・命を癒やすという三つの願いが込められているとされる。宗派は真言宗御室派で、総本山は京都・仁和寺。弘法大師空海を宗祖と仰ぐ密教の法流を今に受け継ぐ。
項目
内容
山号・院号・寺号
三療山 医王院 薬王寺
宗派
真言宗御室派
総本山
仁和寺(京都市右京区)
本尊
胎蔵界大日如来坐像(本堂)/薬師如来立像(薬師堂・秘仏)
所在地
神奈川県横浜市金沢区寺前2-23-52
アクセス
金沢シーサイドライン「海の公園南口」駅から徒歩5分 / 京急本線「金沢文庫」駅東口から徒歩15分
本尊と薬師如来の由緒
本堂の本尊は胎蔵界大日如来坐像。境内には薬師堂が別に建てられており、ここに祀られる薬師如来立像は行基の作と伝わる秘仏だ。「医王」という院号も、病苦を救う薬師如来への信仰を示している。「瀬ヶ崎」と呼ばれたこの地は、源範頼が別邸を構えた場所と伝わり、範頼の念持仏もこの薬師如来だったとされる。
薬王寺境内に立つ弘法大師(空海)像。総本山は京都・仁和寺の真言宗御室派
源範頼とはどのような人物か
平家追討の功績と悲劇の最期
源範頼源頼朝の異母弟で、三河守に任じられた武将。源平合戦において源氏軍を率い、弟の源義経とともに一ノ谷・屋島・壇ノ浦など各地の戦場で平家追討に奮闘した。その武功は頼朝政権の礎を支える大きな柱だった。
しかし建久4年(1193年)、富士裾野での「曾我兄弟の仇討」事件のあと、頼朝は側近たちの讒言もあり、範頼に謀反の疑いをかけるようになる。範頼は釈明の書状を送ったとも伝わるが、頼朝の疑念は晴れず、ついには伊豆・修禅寺への幽閉を命じられた。その後、梶原景時が率いる討手が修禅寺に迫り、範頼は自刃したと伝えられる。鎌倉幕府の成立を支えた功臣が、兄の疑心によって命を落とした——この悲劇は「鎌倉殿の13人」の悲しみの象徴として語り継がれてきた。
範頼の別邸跡と薬王寺の創建
範頼が横浜市金沢区の「瀬ヶ崎」に別邸を営んでいたとする伝承は、当地に根付いた歴史的記憶である。自刃後、その遺徳を偲んだ人々が範頼の念持仏・薬師如来をこの別邸跡に奉安し、堂宇を整えたのが薬王寺の起源とされる。境内には今も範頼の位牌(法名・太寧寺殿道悟大禅門、建久4年8月24日)が伝存し、命日の8月24日に「三河忌」と呼ばれる追善法要が厳修されている。
薬王寺に飾られた大河ドラマ「鎌倉殿の13人」源範頼の記念色紙。当寺は範頼の別邸跡に建つ
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(2022年)では俳優・迫田孝也が範頼を演じ、その放映を機に当寺への参拝者が増えた。境内には劇中の記念色紙が飾られており、ドラマゆかりの地として訪れる歴史ファンも多い。
境内に伝わる文化財と歴史
横浜市指定文化財・両界曼荼羅図
薬王寺の文化財案内板。横浜市指定文化財の絹本著色種子両界曼荼羅図を解説する
薬王寺が所蔵する絹本著色種子両界曼荼羅図は、横浜市指定有形文化財に指定されている。14世紀以前に制作されたと推定される密教画で、胎蔵界・金剛界の両曼荼羅を種子(梵字)で表したもの。鎌倉時代の真言密教美術を今に伝える貴重な遺品だ。境内にはほかに鎌倉時代作の観音菩薩像も伝わる。
梵鐘と「平和の鐘」
文政11年(1828年)に鐘楼が建立されたが、梵鐘は第二次世界大戦中の金属供出令によって失われた。昭和22年(1947年)、戦後復興の願いを込めて「平和の鐘」として再鋳。その鐘は今も鐘楼に吊るされ、参拝者を迎えている。
薬王寺の鐘楼。戦時供出で失われ昭和22年に再鋳された「平和の鐘」を吊る
本堂は嘉永年間(1848〜1854年)の火災で焼失し、現在の堂宇はその後に再建されたものだ。室町期に一時衰微したあと尊誉上人が中興し「三療山薬王寺」と改称。以来、江戸時代を通じて31代の住職が法灯を守り続けた。
まとめ — 薬王寺を参拝するために
薬王寺でいただいた書き置きの御朱印。本尊・大日如来などを墨書する
参拝時のポイント
御朱印は書き置きで授与。本尊・大日如来などを墨書した御朱印が授与される。
毎年8月24日の「三河忌」は範頼の命日の法要。この日に参拝するとより深く歴史と向き合える。
薬師堂の薬師如来は秘仏のため、拝観できるかどうかは事前に確認を。
境内に飾られた大河ドラマの記念色紙は、範頼と当寺の縁を直感的に伝えてくれる展示。
本堂前の石灯籠と鈴緒が整えられた境内は清澄な雰囲気で、静かに参拝できる。
ゆかりのスポット一覧
薬王寺 — 源範頼の別邸跡。三河忌と位牌が伝わる。
称名寺 — 金沢北条氏の菩提寺。境内の金沢文庫は鎌倉文化を今に伝える。
瀬戸神社 — 源頼朝が創祀したとされる金沢八景の古社。
琵琶島神社北条政子が勧請した弁財天。金沢八景の景勝地に浮かぶ。
修禅寺 — 範頼が幽閉・自刃したと伝わる伊豆の寺。鎌倉武士の悲劇を今に刻む。
おすすめの巡礼コース — 金沢文庫・金沢八景 半日コース
金沢文庫駅を起点に、称名寺(金沢北条氏の菩提寺・国指定史跡)を訪ねたあと、薬王寺で源範頼の遺徳を偲ぶ。金沢八景エリアに移動して瀬戸神社琵琶島神社を巡れば、頼朝・政子・範頼という源氏一族の足跡を一日でたどる半日巡礼の完成だ。移動はすべて徒歩か自転車で回れる距離にある。
よくある質問
薬王寺の御朱印はいただける?
御朱印は書き置きで授与されている。本尊・大日如来などを墨書したもので、参拝の証として持ち帰ることができる。授与の時間帯は変更される場合があるため、事前に寺へ問い合わせることを勧める。
三河忌とはどのような法要?
三河忌は毎年8月24日に行われる源範頼の追善法要。範頼の命日(建久4年8月24日)にちなみ、当寺で毎年厳修されている。「三河」は範頼が任じられていた三河守の国名に由来する。当日は関係者と参拝者が集い、鎌倉草創期に命を落とした武将の遺徳を偲ぶ。
アクセス・最寄り駅は?
金沢シーサイドライン「海の公園南口」駅から徒歩約5分が最もアクセスしやすい。京急本線「金沢文庫」駅東口からは徒歩約15分。称名寺や瀬戸神社とあわせて巡る場合は、金沢文庫駅を拠点にするとよい。
源範頼はなぜ自刃したのか?
建久4年(1193年)、富士裾野での曾我兄弟の仇討事件のあと、兄・源頼朝は範頼に謀反の疑いを抱くようになった。その背景には側近たちの讒言もあったとされる。釈明もかなわず、範頼は伊豆・修禅寺に幽閉され、その後梶原景時の討手を受けて自刃したと伝わる。源平合戦で源氏の勝利を支えた功臣が、兄の猜疑心と権力闘争に命を奪われた悲劇として、鎌倉時代の歴史に刻まれている。
最終更新: 2026年6月4日
── 了 ──
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