油小路事件が起きたのは慶応3年(1867年)11月18日夜のことである。新選組の参謀格であった伊東甲子太郎は、同年3月に新選組を脱退し、御陵衛士(高台寺党)を結成して近藤勇と対立していた。新選組はこの夜、伊東を油小路七条付近に誘い出して暗殺し、さらにその遺体を囮として路上に放置した。遺体を収容しようとして駆けつけた御陵衛士の藤堂平助・毛内有之助・服部武雄は、待ち伏せしていた新選組隊士らによって次々と討ち取られた。一夜にして御陵衛士の中核メンバー計四名が失われたこの事件は、新選組による徹底した粛清の冷酷さを示すものとして、幕末史における重要な事件として後世に語り継がれている。伊東を含む死者の遺骸…