建武2年(1335年)創建と伝わる。山号は百千山、院号は地蔵院。北千住駅至近の立地で、千住宿が栄えた江戸時代には宿場の菩提寺として重要な役割を果たした。
千住宿は日光街道・奥州道中の初宿として江戸四宿の中でも最大の規模を誇り、旅籠には飯盛女(事実上の遊女)が多数置かれていた。金蔵寺はそうした飯盛女たちの遺体を引き取って供養する「投げ込み寺」の役割を担い、宿場町の裏面史を刻んだ。
天保9年(1838年)には天保の大飢饉(1833-1836年)で亡くなった828人の霊を供養する供養塔が境内に建立された。飢饉による死者と遊女たちの無縁仏が混在するこの供養塔は、千住宿の庶民の生と死を語る貴重な歴史…