会津武家屋敷の中核をなす西郷頼母邸は、1850年(嘉永3年)頃に建造されたと伝わる会津藩家老の上級武家屋敷である。西郷頼母は幕末期の会津藩において筆頭家老を務め、その邸宅は書院造を基調とする38室・2450坪の壮大な構えを誇った。1868年(慶応4年)の戊辰戦争において、新政府軍が会津若松城下に迫ると、西郷頼母の妻・千重子をはじめとする一族21人が邸内で自刃するという悲劇が起きた。明治維新後、会津藩は廃藩となり、武家屋敷の多くは失われていった。20世紀後半、会津の武家文化を後世に伝えるべく、西郷頼母邸が当時の様式に基づいて復元整備された。現在の施設には、福島県重要文化財に指定される旧中畑陣屋や…