明暦3年(1657年)、会津藩二代藩主・保科正経によって、現在の会津若松市東山町院内に藩主家の廟所が開かれた。初代藩主・保科正之は吾妻山麓の猪苗代(土津神社)に葬られたため、二代正経以降の歴代藩主がこの地に眠る。廟所には神式・仏式の要素が入り混じった独特の葬制が採用されており、各代の墓前には石造の表石・屋形・鳥居が整然と配置される。幕末期、九代藩主・松平容保は京都守護職として幕府を支え、戊辰戦争では新政府軍と激戦を繰り広げたが、明治26年(1893年)に東京で没し、この廟所に葬られた。明治維新後も歴代藩主の墓域として厳かに保たれ、昭和期に国の史跡に指定された。現在は二代から九代までの藩主および…