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会津藩祖松平家廟所
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会津藩祖松平家廟所
福島県
創建
1657
種別
史跡
アクセス
JR会津若松駅からバスで約20分
福島県会津若松市東山町大字石山字院内
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基本情報
史跡
創建 1657
369年目
概要
会津若松市東山町院内にある、会津藩主・松平家の歴代廟所。二代藩主・保科正経以降、九代藩主・容保まで歴代藩主と家族の墓が整然と並ぶ。初代藩主・保科正之は吾妻山麓の猪苗代に葬られたが、二代以降はこの地に葬られた。神式・仏式の入り混じった独特の葬制で、各代の墓には石造の表石・屋形・鳥居が整然と配置される。国の史跡に指定され、会津の幕末・維新の歴史を静かに見守る霊地。松平容保の墓もあり、幕末最後の会津藩主として京都守護職を務め、戊辰戦争の後明治26年(1893年)に東京で没した容保の波瀾の生涯が偲ばれる。
由緒
明暦3年(1657年)、会津藩二代藩主・保科正経によって、現在の会津若松市東山町院内に藩主家の廟所が開かれた。初代藩主・保科正之は吾妻山麓の猪苗代(土津神社)に葬られたため、二代正経以降の歴代藩主がこの地に眠る。廟所には神式・仏式の要素が入り混じった独特の葬制が採用されており、各代の墓前には石造の表石・屋形・鳥居が整然と配置される。幕末期、九代藩主・松平容保は京都守護職として幕府を支え、戊辰戦争では新政府軍と激戦を繰り広げたが、明治26年(1893年)に東京で没し、この廟所に葬られた。明治維新後も歴代藩主の墓域として厳かに保たれ、昭和期に国の史跡に指定された。現在は二代から九代までの藩主および…
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