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阿弥陀寺(会津)
福島県
戊辰戦争後に埋葬禁止を冒して1281人の会津藩士を密かに弔い、新選組三番隊長・斎藤一の墓も安置する時宗の古刹
創建
1399 年
種別
寺院
アクセス
JR七日町駅から徒歩約5分
福島県会津若松市七日町4-20
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基本情報
寺院
創建 1399年
627年目
宗派
時宗
概要
会津若松市七日町にある時宗の古刹。応永6年(1399年)、良然上人の開山と伝わる。戊辰戦争後、会津藩士の亡骸は官軍により埋葬が禁じられ、境内の阿弥陀寺・長命寺を「藩士仮埋葬地」として会津藩士1281人の亡骸が埋葬された。境内には白虎隊士中隊・朱雀隊・青龍隊・斉藤一など会津戦争で戦死した藩士の墓が整然と並び、戊辰戦争の悲劇を今に伝える。新選組三番隊組長・斎藤一(藤田五郎)の墓もここにあり、新選組ファンの聖地として多くの訪問者が訪れる。移築された鶴ヶ城御三階(旧鶴ヶ城本丸御殿の一部)も境内に残り、幕末の会津藩の記憶を伝える。
由緒
応永6年(1399年)、良然上人の開山と伝わる時宗の古刹。創建以来、会津の地に根付き地域の信仰を集めてきた。近世には会津藩領内の寺院として幕藩体制のもとに存続した。近代の転機となったのは慶応4年(1868年)の戊辰戦争である。新政府軍は敗れた会津藩士の遺体の埋葬を禁じたが、阿弥陀寺および長命寺の住職らが密かに収容にあたり、境内は白虎隊・朱雀隊・青龍隊をはじめとする会津藩士1281人の仮埋葬地となった。その後、明治維新を経て藩士たちの墓は整備され、戊辰戦争の犠牲者を弔う霊場として広く知られるようになった。境内には新選組三番隊組長・斎藤一(藤田五郎)の墓も置かれており、明治以降も歴史的記憶を伝える…
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