応永6年(1399年)、良然上人の開山と伝わる時宗の古刹。創建以来、会津の地に根付き地域の信仰を集めてきた。近世には会津藩領内の寺院として幕藩体制のもとに存続した。近代の転機となったのは慶応4年(1868年)の戊辰戦争である。新政府軍は敗れた会津藩士の遺体の埋葬を禁じたが、阿弥陀寺および長命寺の住職らが密かに収容にあたり、境内は白虎隊・朱雀隊・青龍隊をはじめとする会津藩士1281人の仮埋葬地となった。その後、明治維新を経て藩士たちの墓は整備され、戊辰戦争の犠牲者を弔う霊場として広く知られるようになった。境内には新選組三番隊組長・斎藤一(藤田五郎)の墓も置かれており、明治以降も歴史的記憶を伝える…