建長2年(1250年)、会津の領主・蘆名光盛の開基によって創建されたと伝わる臨済宗妙心寺派の古刹。中世を通じて会津を支配した蘆名氏の庇護を受け、地域における禅の拠点として栄えた。天正17年(1589年)、摺上原の戦いで蘆名氏を滅ぼした伊達政宗が会津へ進攻した際、当寺に陣屋を構えたと伝わる。その後、豊臣秀吉の奥州仕置により蒲生氏郷が会津を領すると、蒲生氏の庇護のもとで寺運は維持された。江戸時代には会津藩主の祈願寺として位置づけられ、藩政期を通じて寺格が保たれた。慶応4年(1868年)の戊辰戦争では会津若松市街が戦場となり、当寺も戦火の影響を受けたとされるが、その後再建され、法灯は絶えることなく継…