赤穂城は1661年(寛文元年)、赤穂藩初代藩主・浅野長直が近藤正純に縄張りを命じて築城した近世城郭である。海岸に近い低地に築かれた平城で、変形輪郭式(不規則な多角形)の縄張りを採用した点が全国的にも珍しく、近世城郭史上の遺構として高く評価される。1701年(元禄14年)、3代藩主・浅野長矩が江戸城松の廊下において吉良義央に刃傷に及び、即日切腹・浅野家断絶の処分を受けた。翌年、家老・大石内蔵助良雄率いる赤穂浪士47名が吉良邸へ討ち入りを果たし、「忠臣蔵」として後世に伝わる一大事件となった。廃藩後は永井氏・森氏らが藩主を継いだ。明治維新後の廃城令により建造物の多くが失われたが、1955年(昭和30…