岬の地に鎮座する伊和都比売神社は、『延喜式神名帳』(927年)に記載された播磨国の式内社で、千年以上にわたり海上安全の守護神として船人・漁師から篤く信仰されてきた。赤穂は古来から製塩の産地として知られ、平安時代の文献にも「赤穂の塩」の記録が残る。江戸時代には赤穂藩浅野家の城下町として栄えたが、元禄14年(1701年)の「刃傷松の廊下」事件で藩は断絶。御崎の浜辺では、討ち入り(元禄15年)を前に大石内蔵助ら義士の一部がこの地を訪れ、瀬戸内の海を眺めながら別れを惜しんだと伝わる。昭和期に海底温泉が発見されて現在の赤穂温泉郷へと発展し、瀬戸内海国立公園の一角として景観も保全されてきた。