花岳寺は正保2年(1645年)、赤穂藩初代藩主・浅野長直が赤穂城下に創建した曹洞宗の寺院で、浅野家の菩提寺として整備された。山号は「嵯峨山」と称し、歴代浅野藩主の位牌・墓所が置かれ、藩の精神的支柱として機能した。元禄14年(1701年)、浅野内匠頭長矩が江戸城中で吉良上野介に刃傷に及んで切腹を命じられると、藩は廃絶となった。翌元禄15年(1702年)12月、大石内蔵助ら四十七士が吉良邸討入りを果たし、翌年全員が切腹した。その後、四十七士の遺髪が花岳寺に納められ、境内に「義士墓所」が設けられて四十七士の墓碑が整然と建立された。江戸時代を通じて義士ゆかりの霊場として広く知られるようになり、全国から…