神奈川県鎌倉市長谷1-12-1に鎮座する神社。天照大御神を主祭神とし、和銅元年(708年)に行基と地元の豪族・染屋時忠が創建したと伝わる鎌倉最古の神社である。長谷の高台に位置し、境内からは相模湾を望む。
源氏との縁は平安時代から深く、永保年間(1081〜1083年)に源頼義・源義家父子が社殿を修復したと伝わる。源義家の誕生にあたり、頼義がこの地の安達氏(のちに甘縄に邸宅を構えた家系)の娘に婿入りして御神前に祈願したという伝承も残る。
鎌倉幕府成立後、この神社が最も深く歴史に刻まれるのは文治2年(1186年)である。1月2日、源頼朝は雪の中を北条政子とともに参詣し、当地に邸宅を構えていた御家人・安達盛長(「鎌倉殿の13人」の一人)の屋敷に立ち寄った。同年中に社殿修復が行われ、10月には頼朝自らが宝蔵の修繕と木柵・鳥居の造営を命じて工事を監督した。
境内には安達盛長邸跡を示す石碑が立ち、…
甘縄神明宮の創建は和銅元年(708年)とされ、奈良時代を代表する高僧・行基と地元の豪族・染屋時忠によって天照大御神が勧請された。鎌倉に今日まで伝わる神社の中で最古であり、古くは「伊勢別宮」とも呼ばれた。平安時代末、源頼朝の曾祖父にあたる源頼義が永保年間(1081〜1083年)に社殿を修復し、その子・源義家(八幡太郎)も再建に関わったとされる。
鎌倉幕府成立後は幕府の宗教政策の中でも重要な位置を占めた。文治2年(1186年)正月二日、源頼朝は北条政子を伴い雪中を踏み分けてこの社に詣でた(『吾妻鏡』同日条)。その際、当地に邸宅を構えていた腹心の御家人・安達盛長の屋敷に立ち寄っており、この参詣は頼…