寛永12年(1635年)に佐賀藩初代藩主・鍋島勝茂が疱瘡で夭折した息子・鍋島忠直を弔うために創建した曹洞宗の寺院で、以後**佐賀鍋島家の江戸菩提寺**として歴代藩主の位牌を護ってきた。境内には鍋島家関連の31基の五輪塔が整然と並び、肥前佐賀35万7千石の名門藩の江戸における霊場として独特の威容を保っている。近代以降は佐賀出身の著名人の墓所としても重要で、明治の政商・**松尾儀助**、洋画家・**久米桂一郎**らの墓が現存する。昭和11年(1936年)の二・二六事件後、青年将校らの受刑者「二十二士の墓」が建立され、日本近代史の転換点となった軍事クーデター事件の犠牲者を静かに供養する記念空間となっている。昭和20年(1945年)の東京大空襲で境内の多くを焼失したが、本堂は昭和47年(1972年)、鐘楼は昭和50年(1975年)に再建された。佐賀藩史・近代佐賀人物・二・二六事件と、江戸初期から昭…