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京成原木中山駅より徒歩7分、JR西船橋駅より徒歩25分
千葉県市川市原木1-24-1
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災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「火中出現防火祖師像(日蓮像)・大曼荼羅本尊」のご神徳に由来
市川市原木1丁目に位置する日蓮宗系単立の大寺院。山号は原木山。天文7年(1538年)7月、日蓮の法孫で京都妙顕寺の創立者・日像上人から8代目の日具上人の弟子・円増院日進が開創した。旧本山は中山法華経寺で、現在は単立。6600坪の広大な境内に本堂・御影堂・大荒行場・修行場・大講堂・鐘楼堂など総建坪800坪に及ぶ大伽藍を擁し、原木山は下総屈指の規模を誇る日蓮宗寺院として知られる。波乱の歴史を持ち、宝暦12年(1762年)に法華経寺本堂を除く塔頭の大半を類焼し、寛政3年(1791年)8月6日の寛政東海地震に伴う大津波で原木村の大半とともに本尊・御影を除き寺堂が流失した記録が残る。本尊には火災から逃れた「火中出現防火祖師像」が安置され、火伏せ・防災の霊験で知られる。山門の四脚門・袖塀や本堂の彫刻は後藤直光・二代目後藤直光(渋谷茂吉)による創建当初のもので、江戸彫刻の名作として貴重。境内の枝垂桜も有…
天文7年(1538年)7月、日像上人から8代目の日具の弟子・円増院日進が開創。旧本山は中山法華経寺、現在は単立。6600坪の境内に総建坪800坪の大伽藍を擁す。宝暦12年(1762年)類焼、寛政3年(1791年)8月6日の寛政東海地震の大津波で原木村とともに寺堂流失、本尊・御影は難を逃れた。本尊は「火中出現防火祖師像」。山門と本堂の彫刻は後藤直光父子の創建当初の作。
原木山妙行寺は、日蓮の法孫・京都妙顕寺開祖日像上人から8代目にあたる日具上人の弟子・円増院日進が天文7年(1538年)に開創した、日蓮正統の法脈に連なる寺院である。日蓮は鎌倉中期、「末法における法華経の行者」を自任し、京都・鎌倉・身延・関東各地に法華経信仰の拠点を築いた。その法脈は日像を経由して京都・妙顕寺系(四条門流)に受け継がれ、下総ではその分派として原木山が立された。寛政3年(1791年)の大津波で堂宇が流失した際も、本尊「火中出現防火祖師像」は難を逃れ、以後「火伏せの祖師」として庶民信仰の対象となった。この像は日蓮の苦難に満ちた布教生活と、それを支えた民衆信仰の厚みを象徴する遺宝である。
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