慶長13年(1608年)、江戸幕府初代京都所司代・板倉勝重(1545–1624年)の依願で創建された。板倉勝重は徳川家康の重臣で、京都の行政・治安を司った人物。「長円院」の院号を持つ勝重の菩提寺的色合いも帯びており、寺号もそれに由来する。天明8年(1788年)の天明の大火は京都市街地の大半を焼き尽くした大災害で、長円寺の本堂もこの時焼失した。江戸後期に再建が進み、宮廷との縁によって権威を保ちながら、洛陽三十三観音の札所として参拝者の往来を支えた。現在も下京の静かな住宅街の一角に浄土宗の念仏寺院として存続している。