文明5年(1473年)、日祝上人(一説に日祝・日典とも)によって二条万里小路に創建された日蓮宗の寺院。創建当初より京都における日蓮宗布教の拠点として機能し、やがて京都十六本山の一つに数えられるようになった。室町・戦国期には京都市中の戦乱や天災による被害を受けたと伝わり、幾度かの移転・再建を経たとされる。近世に入り現在の仁王門通沿いの地に定まり、境内に構えた仁王門が通り名「仁王門通」の由来となった。現存する本堂は江戸時代中期に再建されたもので、日蓮宗らしい華やかな彩色装飾が施されている。江戸中期の奇想の絵師・伊藤若冲(1716〜1800年)はこの寺と深い縁を持ち、没後に境内へ葬られた。若冲の墓所…