850年(嘉祥3年)、慈覚大師円仁が比叡山延暦寺の別院として開山したと伝わる。その後、長らく小規模な寺院にとどまっていたが、12世紀初頭に奥州藤原氏の初代・藤原清衡が本拠を平泉に定め、伽藍の大規模整備に着手した。1124年(天治元年)には金色堂が完成。全体を金箔で覆い、螺鈿・蒔絵・切金などの粋を集めた建築は、平安工芸の最高峰とされる。清衡はこの地を仏国土(浄土)として造営し、以後、基衡・秀衡の代にかけて寺域はさらに拡大した。1189年(文治5年)、源頼朝の奥州征伐により藤原氏が滅亡すると、多くの堂宇は失われたが、金色堂はその後も保護され続けた。江戸時代には仙台藩伊達氏の庇護を受け、金色堂を覆う…