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観自在王院跡
観自在王院跡
岩手県
創建
1150
種別
史跡
アクセス
JR平泉駅から徒歩10分
岩手県西磐井郡平泉町平泉志羅山
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基本情報
史跡
創建 1150
876年目
概要
奥州藤原氏二代・基衡の正室が造営したと伝わる寺院跡で、世界遺産「平泉」の構成資産の一つ。毛越寺の東隣に位置し、発掘調査によって舞鶴池を中心とする浄土庭園の遺構が確認されている。大阿弥陀堂・小阿弥陀堂の基壇や、庭園の汀線・中島・立石などが平安時代末期の庭園造形を今に伝えている。夫・基衡を慕って建立されたとも伝わり、「観自在王」の名の通り観世音菩薩への信仰を表した浄土信仰の結晶。国の特別史跡に指定され、現在は史跡公園として整備されている。
由緒
観自在王院は、平安時代末期の久安年間(1145〜1151年頃)、奥州藤原氏二代当主・藤原基衡の正室によって造営されたと伝わる。夫・基衡への思慕を動機として建立されたとも伝えられ、「観自在王」の名は観世音菩薩への深い帰依を示す。創建当初は大阿弥陀堂・小阿弥陀堂を中心とする伽藍を有し、舞鶴池を擁する浄土庭園が整備されていたとされる。平安時代末期の浄土信仰に基づく庭園美を体現した施設であった。12世紀末、源頼朝による奥州藤原氏の滅亡(1189年)以降、寺院は次第に荒廃し、中世を通じて堂宇は失われていった。近世以降も廃墟のまま推移したが、近代に入り国の史跡として注目されるようになった。1953年(昭和…
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源頼朝とのつながり
1189年、源頼朝は奥州藤原氏を滅ぼした。観自在王院はその二代・基衡の正室が造営した浄土庭園であったが、滅亡を機に次第に荒廃し、かつての伽藍は失われた。頼朝の奥州征伐は、平泉の黄金文化とともに、この祈りの場をも歴史の彼方に押し流した。

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