観自在王院は、平安時代末期の久安年間(1145〜1151年頃)、奥州藤原氏二代当主・藤原基衡の正室によって造営されたと伝わる。夫・基衡への思慕を動機として建立されたとも伝えられ、「観自在王」の名は観世音菩薩への深い帰依を示す。創建当初は大阿弥陀堂・小阿弥陀堂を中心とする伽藍を有し、舞鶴池を擁する浄土庭園が整備されていたとされる。平安時代末期の浄土信仰に基づく庭園美を体現した施設であった。12世紀末、源頼朝による奥州藤原氏の滅亡(1189年)以降、寺院は次第に荒廃し、中世を通じて堂宇は失われていった。近世以降も廃墟のまま推移したが、近代に入り国の史跡として注目されるようになった。1953年(昭和…