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柳之御所遺跡
柳之御所遺跡
岩手県
創建
1100
種別
史跡
アクセス
JR平泉駅から徒歩10分
岩手県西磐井郡平泉町平泉字柳御所
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基本情報
史跡
創建 1100
926年目
概要
奥州藤原氏の政庁「平泉館」の跡地と推定される遺跡で、国の史跡に指定されている。世界遺産「平泉」の関連遺跡として発掘調査が進められ、堀・池・建物跡・井戸などの遺構が広範囲にわたって確認されている。奥州藤原氏初代・清衡から四代・泰衡までの約100年間、この地から奥州一円を統治した権力の中枢であった。発掘された土器・陶磁器などは隣接する柳之御所資料館で展示され、12世紀の藤原氏の栄華を物語る。北上川のほとりにあり、対岸の高館と合わせて義経・藤原氏の悲運の歴史を偲ばせる。
由緒
柳之御所遺跡は、12世紀初頭に奥州藤原氏初代・藤原清衡が平泉に拠点を築いて以来、政庁「平泉館(ひらいずみのたて)」の所在地であったと推定される遺跡である。清衡・基衡・秀衡・泰衡の四代にわたり約100年間、奥州一円を統治する権力の中枢として機能したとされる。1189年(文治5年)、源頼朝の奥州攻めにより藤原泰衡が滅亡すると、平泉の政治的機能は失われ、この地もその後は歴史の表舞台から姿を消した。近世以降は農地などとして利用されてきたが、1989年(平成元年)の大規模開発計画を機に発掘調査が本格化し、堀・池・建物跡・井戸など広範囲にわたる遺構が確認された。1992年(平成4年)に国の史跡に指定され、…
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源頼朝とのつながり
1189年(文治5年)、源頼朝は奥州藤原氏を討伐するため大軍を率いて侵攻した。柳之御所遺跡は藤原氏四代が約100年にわたり奥州を統治した政庁「平泉館」の跡地とされる。頼朝の攻撃により四代・泰衡が滅亡し、平泉の政治的機能はここに終焉を迎えた。

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