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無量光院跡(平泉・世界遺産)
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無量光院跡(平泉・世界遺産)
岩手県
創建
1160
種別
史跡
アクセス
JR東北本線平泉駅から徒歩約15分
岩手県西磐井郡平泉町平泉花立
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基本情報
史跡
創建 1160
866年目
概要
ユネスコ世界文化遺産を構成する平泉の史跡の一つ。奥州藤原氏三代・秀衡が京都の宇治平等院鳳凰堂を模して造営した寺院跡。12世紀後半に建立されたとされ、平等院鳳凰堂を凌ぐ規模であったと推測されている。中島を持つ大池を中心に伽藍が配置された浄土庭園の跡で、発掘調査によって礎石や庭園の遺構が確認されている。夕日が西方浄土に沈む様子を観望できるよう設計されたとされ、平安時代の浄土信仰と建築技術の高さを示す。
由緒
無量光院は、奥州藤原氏三代当主・藤原秀衡によって1160年代(12世紀後半)に建立されたと伝わる寺院である。京都・宇治の平等院鳳凰堂を範として造営されたとされ、その規模は平等院を凌いでいたと推測されている。中島を持つ大池を中心に阿弥陀堂や翼廊などの堂宇が配置された浄土式庭園であり、西方に沈む夕日が阿弥陀堂の正面に重なるよう設計されたとされ、平安末期の浄土信仰を体現した空間であった。1189年、源頼朝の奥州征伐によって奥州藤原氏が滅亡すると、平泉の諸伽藍は急速に荒廃し、無量光院もやがて廃絶した。近世以降は田畑に埋没していたが、近代以降に発掘調査が進められ、礎石・庭園護岸・中島などの遺構が確認され…
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源頼朝とのつながり
1189年、源頼朝が断行した奥州征伐によって奥州藤原氏が滅亡すると、三代・秀衡が宇治平等院を範として建立したこの無量光院をはじめ、平泉の諸伽藍は急速に荒廃した。頼朝の征伐が、浄土信仰の粋を集めた平泉の終焉を決定づけた。

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