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第六尊天神社
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第六尊天神社
神奈川県
建長寺四方鎮守・南方の社。神仏分離を経ても仏像を守り続ける稀有な聖域
種別
神社
アクセス
JR北鎌倉駅から徒歩約15分、または建長寺総門から徒歩約5分
神奈川県鎌倉市山ノ内1523
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基本情報
神社
御祭神・御本尊
他化自在天
第六天神
概要
建長寺の四方鎮守のひとつ、南方を護る第六天社(だいろくてんしゃ)。祭神は仏教宇宙論で欲界の最高天「第六天」を司る他化自在天(たけじざいてん)。正式社名は「第六天社」だが、地元では長く「第六尊天神社」と呼ばれてきた。 建長5年(1253年)に蘭溪道隆(らんけいどうりゅう)が建長寺を開山した際、境内と周辺を守護する四方鎮守として北・東・南・西の四社を定めた。第六天社はその南の守護。現社殿は宝永4年(1707年)頃の建立と伝わり、文政14年(1831年)に再建・修復を経て今日に至る。 明治元年(1868年)の神仏分離令は全国の神社から仏像・仏具を撤去させたが、この小社は例外的に第六天像と四天王像を現在まで保持する。全国でも極めて稀な形態であり、境内の祠の中に神仏が共存する。社殿の扉が開かれるのは年2回のみ、計6時間ほどの御開帳の機会を除いては厳重に閉ざされている。 鎌倉市山ノ内1523、建…
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由緒
第六天社の創建は建長5年(1253年)、蘭溪道隆による建長寺開山と同時期とされる。禅宗伽藍を四方から護る鎮守として北・東・南・西の四社が設けられ、第六天社はその南鎮守の役割を担った。 延宝2年(1674年)、水戸藩主・徳川光圀が鎌倉の史跡を精力的に調査した際、第六天社についても記録を残している。元禄期(1688〜1704年)の建長寺境内絵図にも境内南方の小社として記載が確認される。現社殿は宝永4年(1707年)頃の建立が有力で、文政14年(1831年)に修復・再建が行われた。 明治元年(1868年)の神仏判然令(神仏分離)は日本各地の神社から仏教的要素を排除させた。建長寺は仏教寺院であるた…
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ご利益
学問成就
芸能・技芸上達
受験合格・学業成就・論文執筆・書道上達。天神信仰(菅原道真公)ゆかりの天満宮に多い。
御祭神「他化自在天(第六天神)」のご神徳に由来
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