建長寺の四方鎮守のひとつ、南方を護る第六天社(だいろくてんしゃ)。祭神は仏教宇宙論で欲界の最高天「第六天」を司る他化自在天(たけじざいてん)。正式社名は「第六天社」だが、地元では長く「第六尊天神社」と呼ばれてきた。
建長5年(1253年)に蘭溪道隆(らんけいどうりゅう)が建長寺を開山した際、境内と周辺を守護する四方鎮守として北・東・南・西の四社を定めた。第六天社はその南の守護。現社殿は宝永4年(1707年)頃の建立と伝わり、文政14年(1831年)に再建・修復を経て今日に至る。
明治元年(1868年)の神仏分離令は全国の神社から仏像・仏具を撤去させたが、この小社は例外的に第六天像と四天王像を現在まで保持する。全国でも極めて稀な形態であり、境内の祠の中に神仏が共存する。社殿の扉が開かれるのは年2回のみ、計6時間ほどの御開帳の機会を除いては厳重に閉ざされている。
鎌倉市山ノ内1523、建…