推古天皇11年(603年)、秦河勝が創建したと伝わる。もとは広隆寺の鎮守社として機能していたとされ、秦始皇帝・弓月君・秦酒公という渡来系氏族・秦氏の祖神を祀る。「大酒」の社名は「大辟(おおさけ)」に由来するとされ、祖先への篤い敬意を示す言葉が転じたものという。中世以降、広隆寺の寺域の変遷とともに当社の位置づけも変化したとされるが、詳細は不明な点が多い。近世には秦氏ゆかりの社として地域の信仰を集め続けた。明治時代の神仏分離令により広隆寺との制度的な関係が整理され、独立した神社として現在に至る。境内は小規模ながら、古代豪族秦氏が日本にもたらした養蚕・機織・土木などの技術と文化の記憶を今に伝える社と…