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高桐院
京都府
創建
1602
種別
寺院
基本情報
寺院
創建 1602
424年目
御祭神・御本尊
釈迦如来
宗派
臨済宗大徳寺派
ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「釈迦如来」のご神徳に由来
概要
慶長7年(1602年)に細川忠興(三斎)が父・細川藤孝(幽斎)の菩提所として創建した大徳寺の塔頭である。参道は楓と竹林のトンネルとなっており、京都屈指の紅葉の名所として知られる。庭園には細川忠興と妻ガラシャの墓である「春日灯籠」が苔に覆われて佇み、悲恋の歴史を偲ばせる。書院の南庭は楓の木々に囲まれた苔の庭で、秋には散り紅葉が庭一面を覆う絶景となる。千利休が秘蔵した灯籠を利休自ら忠興に贈ったとされる逸話も残る。細川三斎は利休七哲の一人として茶道に精通し、この寺にも茶の湯の精神が息づいている。
由緒
慶長7年(1602年)、細川忠興(三斎)が父・細川藤孝(幽斎)の菩提を弔うため、大徳寺の塔頭として創建した。忠興は千利休の高弟「利休七哲」の一人として茶道に深く精通しており、寺には茶の湯の精神が色濃く反映されている。千利休が秘蔵した灯籠を自ら忠興に贈ったとも伝わる。忠興の妻・細川ガラシャ(玉)は慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い直前に大坂で没しており、寺の庭園には「春日灯籠」と呼ばれる石灯籠が苔に覆われて立ち、忠興とガラシャの墓所として今日に伝えられる。江戸時代を通じて細川家ゆかりの寺院として維持され、幕末・明治以降も大徳寺の重要な塔頭の一つとして法灯を継承してきた。書院および苔庭は近世以来…
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