推古天皇11年(603年)、渡来系氏族・秦氏の族長である秦河勝が、聖徳太子から賜った仏像を本尊として建立したと伝わる京都最古の寺院である。創建当初は蜂岡寺・秦公寺などとも称された。秦氏はこの地・太秦を本拠とし、養蚕・機織の技術を日本にもたらした一族として知られる。平安時代には天台・真言両宗との関わりを深め、中世には度重なる火災により堂宇が焼失するも、そのつど再建が繰り返された。江戸時代には真言宗御室派の管轄下に置かれ、現在に至る宗派的立場が確立された。明治期の廃仏毀釈の波を経ながらも寺観は維持され、1951年(昭和26年)に制定された文化財保護法のもと、霊宝殿に安置される弥勒菩薩半跏思惟像が国…