神奈川県藤沢市本町に所在する浄土真宗本願寺派の寺院。山号は法谷山。元禄4年(1691年)、真海上人が開山した江戸中期の寺院。境内に残る「飯盛女(めしもりおんな)の墓」39基で全国的に知られる。飯盛女とは江戸時代の東海道宿場で、旅籠屋1軒につき2人までと幕府が黙認した非公認の遊女で、表向きは食事の給仕を兼ねた給仕女であった。天保6年(1835年)当時、藤沢宿には大鋸から遊行寺橋にかけて27~28軒の飯盛旅籠屋があり、多くの飯盛女が働いていた。藤沢宿・新宿町の旅籠「小松屋」の初代・源蔵は、宝暦11年(1761年)から享和元年(1801年)にかけて、店で亡くなった飯盛女39人を永勝寺に葬り、39基の墓石に48人分の法名を刻んで弔った。墓石のほとんどが源蔵の出身地である伊豆国小松村(現・伊豆の国市)出身の女性で、伊豆の貧しい農家から送り出された娘たちが藤沢宿で短い生涯を閉じた哀しい歴史を今に伝える…