円満寺の創建は、寺伝によれば9世紀初頭、空海(弘法大師)が高野山開創の前後に紀伊路を巡錫した際に開基したとされる。古代から中世にかけては高野山と密接な関係を保ち、海南地域の真言密教の拠点として機能した。中世には荘園の鎮護寺として地頭・武家層からも崇敬を集め、室町時代には堂宇の整備が進んだ。戦国時代には紀州畠山氏や雑賀衆の支配下に置かれた地域の宗教施設として、戦乱の影響を受けつつも信仰の灯を絶やさなかった。1585年(天正13年)の豊臣秀吉による紀州征伐では、根来寺・粉河寺などとともに紀伊国の宗教勢力が大きな被害を受けたが、円満寺は山間の立地もあって戦火を比較的軽く受けるにとどまり、堂宇は継承さ…