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圓正寺
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圓正寺
東京都
創建
1617
種別
寺院
アクセス
東京メトロ日比谷線築地駅1番出口から徒歩6分
東京都中央区築地4-12-9
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基本情報
寺院
創建 1617
409年目
宗派
浄土真宗本願寺派
概要
東京都中央区築地4丁目に位置する浄土真宗本願寺派の寺院。元和3年(1617年)、築地本願寺(当時の浅草御坊)創建と同年に坊中(子院)として開かれた歴史を持つ。江戸時代、築地本願寺の境内には58もの坊中が立ち並び、その一つとして圓正寺も築地寺内町の宗教空間を形成した。大正12年(1923年)の関東大震災で築地一帯が壊滅的被害を受け、多くの子院が他地域へ移転した中、圓正寺は築地の地に留まって再建を果たした。現在は築地場外市場に隣接し、にぎやかな市場の喧騒の中に静かな仏縁の空間を保つ。称揚寺とともに、築地に残る数少ない浄土真宗寺院の一つ。
由緒
元和3年(1617年)、浄土真宗本願寺派の浅草御坊(後の築地本願寺)が創建された際、圓正寺はその坊中(子院)として同年に開かれたと伝わる。江戸時代を通じて、築地本願寺を中心とする寺内町の一角として地域の仏教文化を支えた。明治維新後の廃仏毀釈の影響を受けながらも法灯を維持し、大正12年(1923年)の関東大震災で本堂を失った。多数の坊中が築地を離れた中、圓正寺は築地の地に踏みとどまって復興を遂げ、昭和期に現在の本堂が整えられた。築地場外市場の発展とともに地域に根付き、現在も築地の歴史的宗教空間を体現する寺院として存続する。
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