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称揚寺
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称揚寺
東京都
創建
1617
種別
寺院
アクセス
東京メトロ日比谷線築地駅1番出口から徒歩6分
東京都中央区築地4-13-14
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基本情報
寺院
創建 1617
409年目
宗派
浄土真宗本願寺派
概要
東京都中央区築地4丁目に位置する浄土真宗本願寺派の寺院。江戸初期、築地本願寺(浅草御坊の後身)の坊中(子院)として創建された。江戸時代、築地本願寺の境内には多くの子院が立ち並び、称揚寺はその寺内町を構成する一院として機能した。大正12年(1923年)の関東大震災後、多くの坊中が移転した中にあって、称揚寺も築地に残り再建を遂げた。現在は築地場外市場の一角に佇み、圓正寺とともに、築地に残る数少ない浄土真宗寺院の一つとして、市場のにぎわいの中に静かな念仏の法灯を守り続けている。
由緒
築地本願寺(浅草御坊)の創建(元和3年・1617年)に伴い、坊中の一院として江戸初期に開かれたと伝わる。江戸時代を通じて築地寺内町を形成する一坊として機能し、地域の念仏信仰を支えた。大正12年(1923年)の関東大震災で壊滅的な被害を受けたが、築地の地に踏みとどまって再建した。昭和以降、築地市場の市場文化が周囲を形成する中でも宗教的役割を維持し続け、市場とともに生きる寺として地域に根付いている。
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