大同3年(808年)、富士山の神・木花咲耶姫命を勧請して創建されたと伝わる。府中崖線の台地上に鎮座し、かつては眼下に多摩川を一望できる景勝地として知られた。中世には武蔵国の有力武家の崇敬を受けたとされるが、詳細な記録は残っていない。近世に入ると、富士山信仰が民衆の間に広まるなかで、多摩川流域における富士講の参拝拠点として信仰を集めた。富士講の人々はこの地を登拝の起点とし、神社の名は周辺地域の地名「浅間町」の由来となった。明治維新後の神仏分離・近代社格制度のもとでも社地は維持され、地域の氏神として崇敬を継続した。現代においても毎年7月の山開きに登拝行事が執り行われ、富士山信仰の伝統を今日に伝える…