明応5年(1496年)に日蓮宗へ改宗された博多の古刹で、山号は西昌山。元は祇園町矢倉門にあった禅宗「本覚寺」を前身とし、当時の住職西昌は碁打ちの名手であった。京都から博多に下った日蓮宗の日因上人が西昌と囲碁対局を行い、寺を賭けた勝負に日因が勝利した逸話が伝わる。これにより寺は日蓮宗へ改宗され、寺名も「本岳寺」に改められ、山号「西昌山」は旧住職の名を永く伝える。本堂は大正年間の建立で1945年の福岡大空襲の被害を免れ、戦前の博多の寺院建築を今に伝える。囲碁で寺を賭けた稀代の逸話を持つ、博多日蓮宗寺院の中でもとりわけユニークな存在。