日本最初の禅寺・聖福寺(建久6年〈1195年〉栄西禅師開山、源頼朝開基)の塔頭として博多区御供所町に佇む臨済宗妙心寺派の古刹。幕末の福岡藩家老で勤王派の中心人物であった加藤司書(1830-1865年)の菩提寺として知られる。加藤司書は慶応元年(1865年)の乙丑の獄で福岡藩内の攘夷派弾圧により切腹を命じられ非業の死を遂げた幕末福岡史の悲劇の人物で、その後節信院には司書の孫・輔道が住職として入山し、加藤家の法燈を守り続けたと伝わる。聖福寺・東長寺・承天寺・妙楽寺といった博多禅刹群と並ぶ御供所寺院街の一角を占め、幕末の勤王運動の記憶を今に伝える。