鎌倉市小町、東勝寺跡の背後の崖に穿たれた中世のやぐら(岩窟墓)。元弘3年(1333年)5月22日、東勝寺で自害した北条高時の腹切りの場、あるいは遺骸を安置した墳墓と伝わる。やぐらは間口約3m・奥行き約4mの方形で、内部には石塔が安置される。鎌倉時代後期の典型的なやぐら形式を残し、鎌倉幕府滅亡の象徴的史跡として国指定史跡「東勝寺跡」の一部に含まれる。東勝寺跡から細い山道を5分ほど登った崖下にあり、夏は鬱蒼とした緑に包まれ、冬は岩肌が剥き出しになる静かな谷戸の最奥に位置する。江戸時代の鎌倉案内記にも名所として記載され、明治以降は太平記の悲劇を偲ぶ史跡として歌人・俳人にも詠まれた。現在も供花が絶えず、戦没者を悼む参拝者が訪れる。