大同2年(807年)、弘法大師・空海が四国巡錫の折に開創したと伝わる高野山真言宗の古刹。阿弥陀如来を本尊とし、「阿弥陀如来の十の楽を授かる場」として十楽寺と命名されたとされる。四国八十八箇所霊場の第7番札所に数えられる。中世以降、戦乱や兵火により堂宇が荒廃した時期もあったと伝わるが、詳細な記録は定かではない。近世に入ると四国遍路の隆盛とともに再び信仰を集め、眼病平癒の霊場として広く知られるようになった。境内には本堂・大師堂のほか、縁結びの祈願所として知られる愛染堂、薬師堂など複数の堂宇が整備されてきた。近代・現代においても遍路文化の継承とともに寺院の整備が続けられ、全国から眼病平癒を願う参拝者…