大宝元年(701年)、文武天皇の勅命を受けた役行者(えんのぎょうじゃ)が開創したと伝わる。石鎚山を御神体とする山岳信仰の霊地として古くから崇められ、修験道の聖地として栄えた。平安時代初期、弘法大師空海が巡錫の折にこの地を訪れ、星供養(しちょうくよう)の修行を行ったと伝えられる。これ以降、真言密教の霊場として位置づけられ、四国八十八箇所の第60番札所に数えられるようになった。中世には石鎚信仰と修験道が融合した独自の霊場文化が形成されたが、兵乱や火災により堂宇が失われた時期もあったとされる。江戸時代には四国遍路の定着とともに巡礼者が訪れるようになったが、標高約750mという険峻な地形ゆえに「遍路こ…