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悲田院
京都府
創建
593
種別
寺院
アクセス
京都府京都市東山区泉涌寺山内町34
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基本情報
寺院
創建 593
1433年目
御祭神・御本尊
阿弥陀如来
宗派
真言宗泉涌寺派
ご利益
浄化・お祓い
極楽往生
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「阿弥陀如来」のご神徳に由来
概要
悲田院は聖徳太子が身寄りのない老人や孤児を救済するために建立した施設を起源とし、鎌倉時代に泉涌寺の塔頭として再興された真言宗泉涌寺派の寺院である。本尊は阿弥陀如来で、泉涌寺七福神巡り第6番(毘沙門天)の札所に数えられる。境内の高台からは京都市街を一望できる絶景スポットとして知られ、晴れた日には東山三十六峰から市内を見渡す壮大なパノラマが広がる。堂内には快慶作と伝わる宝冠阿弥陀如来像が安置されている。泉涌寺の塔頭の中では比較的訪れる人が少なく、静かに京都の景色を楽しめる穴場である。JR・京阪東福寺駅から徒歩約18分、泉涌寺参道途中の丘の上に位置する。
由緒
悲田院の起源は推古天皇元年(593年)、聖徳太子が病者・老人・孤児など社会的弱者を救済するために大阪・四天王寺周辺に設けた慈善施設にさかのぼると伝わる。「悲田」とは仏教の慈悲に基づく施しの対象を意味する言葉であり、施薬院・療病院とともに四箇院の一として機能したとされる。その後、戦乱や社会変動のなかで廃絶と再興を繰り返したと伝えられるが、詳細な経緯は明らかでない。鎌倉時代、俊芿(しゅんじょう)律師が宋より帰国して泉涌寺を開創・再興した流れのなかで、現在地に泉涌寺の塔頭として再興されたとされる。堂内には鎌倉時代の仏師・快慶の作と伝わる宝冠阿弥陀如来像が安置されており、鎌倉期の仏教文化との深い結びつ…
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