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養源院
京都府
創建
1594
種別
寺院
基本情報
寺院
創建 1594
432年目
御祭神・御本尊
阿弥陀如来
宗派
浄土真宗遣迎院派
ご利益
浄化・お祓い
極楽往生
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「阿弥陀如来」のご神徳に由来
概要
養源院は文禄3年(1594年)に豊臣秀吉の側室・淀殿が父・浅井長政の二十一回忌供養のために創建した浄土真宗遣迎院派の寺院である。廊下の天井は伏見城落城の際に自刃した鳥居元忠ら将兵の血痕を残す「血天井」として有名で、戦国の悲劇を今に伝えている。襖絵と杉戸絵は俵屋宗達の傑作で、白象図や唐獅子図など12面の作品が重要文化財に指定されている。元和5年に落雷で焼失した後、淀殿の妹・崇源院(お江)の願いで元和7年(1621年)に再興された。三十三間堂の東向かいに位置し、戦国時代から江戸初期の歴史を感じられる貴重な寺院である。京阪七条駅から徒歩約7分で三十三間堂と合わせて訪れるのが便利である。
由緒
養源院は文禄3年(1594年)、豊臣秀吉の側室・淀殿が父・浅井長政の二十一回忌供養のために創建した浄土真宗遣迎院派の寺院である。創建当初は秀吉の庇護のもと整備されたとされる。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに先立つ伏見城の戦いでは、徳川方の将・鳥居元忠らが籠城の末に自刃した。その際の血痕を残す廊下板が後に養源院の天井に転用され、「血天井」として今日に伝わっている。元和5年(1619年)、落雷により堂宇は焼失した。その後、淀殿の妹・崇源院(お江)の発願により元和7年(1621年)に再建され、現在の伽藍の基礎が整えられた。再建に際して俵屋宗達による白象図・唐獅子図など12面の襖絵・杉戸絵が奉納…
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関連する歴史的事件
1

1600
伏見城の戦い
1600年(慶長5年)、関ヶ原の戦いの直前、伏見城(現在の京都府京都市伏見区)において、徳川方の鳥居元忠が石田三成方の大軍を相手に籠城した戦い。家康が会津征伐に向かった隙を突いて三成が挙兵し、伏見城を攻撃。鳥居元忠は寡兵ながら約10日間の籠城戦を展開し、城に火を放って壮絶な最期を遂げた。元忠の奮戦は家康の東軍諸将の心を奮い立たせ、関ヶ原の勝利につながる重要な時間稼ぎとなった。血に染まった廊下の板は後に養源院に移され「血天井」として現在も残っている。
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