新善光寺は寛元元年(1243年)、後嵯峨天皇の勅願により値願上人によって一条大宮の地に創建されたと伝わる。信濃善光寺の本尊と同体とされる一光三尊阿弥陀如来を奉安し、京都において善光寺参りの功徳を得られる霊場として広く信仰を集めた。創建後、真言宗泉涌寺派の総本山である泉涌寺の山内に移転し、同寺の塔頭として現在の地に定着したとされる。中世から近世にかけて皇室や公家との縁が続き、泉涌寺門跡寺院群の一坊として寺格を保った。近世には狩野派の絵師によって大玄関の障壁画が制作されたと伝わり、これらは現在も寺宝として受け継がれている。近代以降も法灯を維持し、泉涌寺七福神巡り第7番(愛染明王)の札所として正月行…