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廣瀬大社
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廣瀬大社
奈良県
創建
675
種別
神社
アクセス
JR法隆寺駅から徒歩25分
奈良県北葛城郡河合町川合99
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基本情報
神社
創建 675
1351年目
御祭神・御本尊
若宇加能売命
概要
大和川の合流点に鎮座する水神の古社で、若宇加能売命(わかうかのめのみこと)を主祭神とする。二十二社の中七社に列し、五穀豊穣・水の恵みの神として古来より朝廷の崇敬を受けた。2月11日の「砂かけ祭」は天下の奇祭として有名で、参拝者と氏子が砂を掛け合い豊作を祈る勇壮な祭りとして多くの見物客を集める。龍田大社と対をなす風神・水神の信仰圏として古代大和の自然信仰の核を成す、大和盆地の水源を守る格式高い神社。
由緒
廣瀬大社の創建年代は明らかではないが、大和川・曾我川・飛鳥川の合流する川合の地に鎮座し、古くから水神として崇敬を集めてきたと伝わる。文献上の初見は『日本書紀』天武天皇4年(675年)の条で、「小錦中間人連大蓋・大山中曾禰連韓犬を遣して、大忌神を広瀬の河曲に祠らしむ」と記され、龍田の風神祭と同時に廣瀬の大忌祭が国家祭祀として制度化された。これにより龍田の風神と廣瀬の水神は対をなす国家祭祀の柱となり、律令国家の宗教政策において中核的な位置を占めた。平安時代には二十二社制度が整備され、廣瀬大社は中七社の一社に列せられた。伊勢神宮に次ぐ格式として朝廷から奉幣を受け、五穀豊穣・水の守護神として篤い信仰を…
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tenmu-tennoとのつながり
天武天皇4年(675年)4月、『日本書紀』に「小錦中間人連大蓋・大山中曾禰連韓犬を遣して、大忌神を広瀬の河曲に祠らしむ」と記され、廣瀬の大忌祭が国家祭祀として制度化された。同月、龍田の風神祭も同時に定められ、廣瀬の水神と龍田の風神は対をなす律令国家の祭祀の柱として位置づけられた。古代国家における自然神祭祀の体系化を示す画期的な出来事である。

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