推古天皇30年(622年)、聖徳太子の病気平癒を願って山背大兄王が建立したと伝わる。創建当初から法隆寺・法起寺とともに斑鳩の地を代表する寺院として栄え、「斑鳩三塔」の一つに数えられる。飛鳥時代の建築様式を伝える三重塔は長く伽藍の象徴であったが、昭和19年(1944年)に落雷によって焼失するという大きな損害を受けた。その後、法隆寺の宮大工として知られる西岡常一棟梁の指揮のもと、飛鳥様式を忠実に再現する形で昭和50年(1975年)に再建された。講堂には奈良時代作とされる薬師如来坐像や虚空蔵菩薩立像をはじめとする重要文化財の仏像群が安置されており、古代の信仰の姿を今に伝える。現在は聖徳宗に属し、田園…