宝寿院の成立は、天正6年(1578年)に荒木村重の乱(有岡城の戦い)で全焼した親寺・平林寺が江戸時代に再興されたことと不可分である。飛鳥時代(587年頃)に用明天皇の命で聖徳太子が創建したと伝わる平林寺は、戦国の兵火によって灰燼に帰したが、江戸時代に入って地域の信仰に支えられ再建が進み、4院の塔頭(成就院・西光院・成福院・宝寿院)が境内を支える体制が整えられた。宝寿院はその一院として整備され、弁財天と三宝大荒神への信仰を軸に宝塚市小林の住民の日常的な祈り所として機能してきた。
真言密教の法統を継ぐ小院として、護摩供養や季節の法会を執行しながら、近代以降も親寺・平林寺とともに法灯を守り続けている…