宝塚神社は、兵庫県宝塚市社町4-8に鎮座する大山祇尊・素盞嗚尊を主祭神とする神社で、宝塚市の総鎮守として地域の氏神を担う。創建は不詳だが、隣接する平林寺(社町4-7)の記録が承和4年(837年)に遡ることから、当地への信仰の古さが裏付けられる。もとは「白山権現社」と称し、比叡山延暦寺の山岳信仰と結びついた「山王権現」の霊場として崇敬された。明治の神仏分離令により「日吉神社」と改称、明治41年(1908年)に天神社・愛宕社を合祀し、昭和41年(1966年)に隣の素盞嗚神社(東氏神)と合祀して「宝塚神社」と改称した。秋の例大祭(10月)では地域伝統の「だんじり」が巡行し、1月9〜11日の「えびす大祭(宝塚えびす)」は商売繁盛の福神として関西各地から参拝者を集める。境内には恵比須社をはじめ9社の摂末社が並び、東側の高台から大阪・生駒・金剛の山並みを一望できる。「宝塚」の地名は、江戸期の地誌『摂陽…
宝塚神社の創建年代は不詳だが、隣接する平林寺(社町4-7)の創建記録が承和4年(837年)に遡ることから、当地への信仰の古さが間接的に裏付けられる。社の最古の呼称は「白山権現社」であり、加賀の白山を霊場とする白山信仰と結びつき、地域の氏神として崇められた。中世から近世にかけては「山王権現」とも称され、比叡山延暦寺の山岳信仰の影響下で宝塚丘陵の鎮守の杜を守り続けた。江戸時代、宝塚の地は大坂と有馬温泉を結ぶ有馬街道の要衝に位置し、湯治客・旅人が往来する宿場的機能を担っていた。神仏習合の時代には隣の平林寺が別当寺として祭祀を助けた。
明治維新の廃仏毀釈・神仏分離令により「日吉神社」と改称し、平林寺…